● 英語の勉強するだけでは、コミュニケーションは成り立ちません。たとえば、英語の実力が英検の
1級やTOEICで 900点の人がいたとします。その人がアメリカへ出張になり現地の人のパーティへ
出かけたとします。そこで、現地の何人かひとたちが、おりしも『カルフォル二ア・ワイン』について
うんちくを傾けていたとします。
もし、日本からやってきたこの英語のできる人が、日頃ワインに興味があって、ある程度たしなんで
いれば会話に加われますが、ワインについてまったく何の知識も経験もなけば話の輪に入れません
よね。
● 極端な例を書いたかもしれませんが、こうしたことは彼らとの付き合いの中でよく起きることだと
思います。外国の人が日本から来た人にもっとも興味を持つのは、この人がどれくらい流暢に英語
が操れるかではなく、この人が『どんな内容のことを話すか』です。いくらきれいな発音で、難しい
単語を使ってすらすら喋っても、内容が伴わなければ、儀礼的なあいずちと冷ややかな目が残る
だけです。あるいは、内容によっては何も話せないかもしれません。
● このように、英語だけを勉強しても、コミュニケーションは成り立ちません。多くのことを知って
共通の話題を持ち、異文化を理解して公平な世界観を持つことが、とても大切です。
● 英語の勉強と同様に、できるだけ『コンテンツ』の理解するするために話し合いたいと思って
います。
高邁な理論や博学な知識を追い求めるというのではなくて、無理をせず、すこしでも知識や
理解の輪が広がれば嬉しいことだと思うことです。
『一知は無知に勝る』といいう言葉がありますが、まさにこのスタイルです。
たとえば、ある国の記事が出ていたなら、まずその国についてひとつでもふたつでも新たな
知識を得るようにします。そして、次回にまた同じ国の名前が出てきたら、きっと以前より
親しみが湧くでしょう。
それを繰り返していくだけで、ある程度の期間がたてば、さまざまなことへの興味と理解が
次第に広がっていくと思います。